Closed door

「沈黙」より

「…最初から、知っているよ」
赤く浮かび上がる満月が、闇にたゆたう。
窓越しにある冷たい夜を眺めながら、椅子に身体を沈めた男は、ささやいた。



When one door closes another door opens.
閉ざされた扉があれば、開かれた扉もある、ということ。



「知っていても、知らないように振舞う」
「愛していない?」
そう問いかけた女は、テーブルに、気だるげに腰を下ろしている。冷たい視線を夜景
に向ける男と同じ、深く暗い瞳を、からかうように細め。
すると男は、少しだけかぶりを振って、それに応じた。
「愛しているから」
「どうして?」
「愛しているから、入りたくないんだ」
「愛しているから、知りたいのではなくて?」
与えられる答を知りながら、言葉と戯れる女。男はふ、と微笑を含ませた唇で、女の
胸元を飾るペンダントに、口吻けた。
「…愛しているから、自分も知られたくない」



but we often look so long and so regretfully upon the closed door,
that we do not see the ones which open for us.

なのに私たちは、たいてい閉ざされた扉の前でいつまでも恨めしそうに佇み、
自分に向かって開かれた扉の存在に気付かない。




恨めしそうに佇むのは、演技。
裏切られて、すがりついて、あなたを知りたいと言ってみせて。
けれど、本当には入らない。
開かれていることは、知っていても。
閉ざされた扉だって、この手で自由に開けられるけれど。
扉の向こうに入る、ということは、入られることを、拒まないということだから。
男は、それを許さない。
女も、それを許さない。
「…後ろめたいことが、たくさんあるようね」
ひんやりとした光が、部屋の中に広がる。女の澄んだ瞳は、冷たく燃える紅い月を、
映していた。
応じる男の瞳は、その月を囚える、闇の色。
「お互いさま、だろう。時折、君が開いてみせる扉の中に、どんなものが潜んでいる
のか、分かったものじゃない」
「貴方は、開いたこともないくせに」
「いいや?」
微笑う女の唇に、軽く唇を重ねて。
男は、どこか凍りついたまなざしで、どこか寂しげに、言った。
「…誰も、気付かないだけさ」







誰も、開かれた扉もあれば、閉ざされた扉もあることに気付かない。
閉ざされた扉の前で恨めしそうに佇むだけで。
入ることを拒んでいても。
本当は気づかれることを求めるよう、そっと開かれた扉に。

−− END−−

2003.3.14

 
 

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